縁結びの本命 大阪「玉造稲荷神社」はすごいパワースポットだ!!

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先日行った「玉造稲荷神社」が、とても力強さを感じる神社でしたので、紹介します。子供の悩み、恋愛、円満などのご縁(縁結び)にご利益があり、稲荷神社ですので、商売繁盛も望めるでしょう。女性は絶対行った方が良い神社ですね。

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玉造稲荷神社 縁結び神社らしい

神社の構えからして、ただならぬ雰囲気を醸し出しています。

玉造稲荷神社 構えからして、ただならぬ雰囲気を醸し出しています。

先日、大阪に行った際、玉造稲荷神社に行ってきました。なんともいい雰囲気の神社で、コンパクトなのに見所が多くて、だいぶ長居してしまいました。

玉造稲荷神社の由来

この玉造には前田利家など多くの武将が屋敷を構えていたそうで、武士たちのお気に入りの場所・・・かな。

玉造稲荷神社とは??

大阪 森ノ宮駅から徒歩5分ほどのところにある「玉造稲荷神社」。その昔は、豊臣大坂城の三の丸に位置(豊臣家、徳川家ともに大坂城の鎮守)「玉造」の由来は、鎮座地の地名によるもの。(この一帯は古代、勾玉などを作っていた方の居住地であったそう。)

本殿のほか、豊臣秀頼の胞衣(母:茶々こと淀殿の胎盤)や、豊臣家奉納鳥居、豊臣秀頼公銅像、また要予約の「資料館」には勾玉の資料がある。

豊臣秀頼の胞衣が祀られていることから、良縁や仕事、病気治癒、子宝など、女性にとってのさまざまなご利益を授かることができそうです。

境内石碑 | 玉造稲荷神社

と、淀姫の胎盤が祀られています。豊臣家を慕う当地の人々により密かに祀られ、今の時代まで受け継がれているなんて凄くないですか?

玉造稲荷神社の由来

また、豊臣家は、大坂夏の陣で滅亡に追い込まれましたが、この神社一体は、もともと大阪城で、三の丸だったというのも感慨深い。ああ、ここは三の丸だったのか・・・と。

稲荷神社という名前がついているのですが、これはもともと大阪城に点在していた稲荷社を、18世紀に1つにまとめて今の形になったそうで、境内に入ると神様だらけなんですよ。喧嘩しないと良いんですけど。

境内はこんな感じ。

稲荷神社だけど、入り口は狛犬が睨んでる?

稲荷神社だけど、入り口は狛犬が睨んでる?

なんかかなり愛嬌がある狛犬でした。

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千利休を偲ぶ「利休井」再建の井戸

千利休を偲ぶ「利休井」再建の井戸 ゆかり
千利休を偲ぶ「利休井」 平成18年再建された

千利休を偲んで作られた「利休井」。この井戸は平成18年になって再建された井戸。千利休のお屋敷がこの南西にあり、当時、利休は同じ水脈の井戸でお茶の水を汲んでいたと伝わる。

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千利休居士顕彰碑

千利休居士顕彰碑

豊臣時代、この地で千利休が屋敷を構えていたと言われている。

石碑は、昭和52年5月に完成。この地でみんなでお茶会を楽しんだのでしょう。

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豊臣秀頼公の像

豊臣秀頼公の像

豊臣秀頼は、豊臣秀吉と淀殿との間の第2子として文禄2年(1593)8月3日に大坂城で誕生した。

豊臣秀頼公の像 

1615年5月7日「大坂夏の陣」が正午に開戦したのち、午後3時頃には、豊臣方が大坂城内へ退く。その後、同日午後5時頃 城内より火の手があがり落城したという。

その後、翌日の8日、秀頼公、母の淀殿が自害したそうです。

くぐれない鳥居 豊臣秀頼公 奉納鳥居

くぐれない鳥居 豊臣秀頼公 奉納鳥居

慶長八年(1603)に奉納。この鳥居は豊臣秀頼公が寄進されたもの。

上部を2mほど出して埋まっている鳥居。阪神・淡路大震災で折れたみたいで、折れた部分も後ろに埋まっています。

ちょっと不思議な光景。

豊臣秀頼公 奉納鳥居 由来について

この鳥居は、阪神・淡路大震災までの400年間「大坂城の鎮守神」としてみんなを見守っていたんですね。

あの地震まで400年。この地を守っていた?鳥居ってみんなの想いをたくさん受けてきたものすごいパワーのある物。パワースポットじゃない?

大阪城の城跡に現存する櫓や石垣などは、徳川氏が築いた遺構であることがわかっています。

そして、豊臣時代の遺構は、地下に埋没していて見ることができません。

大坂城築城の際、毛利家が運んだ刻印の石

大坂城築城の際、毛利家が運んだ刻印の石

豊臣秀頼公奉納の鳥居の裏に、毛利家の家紋が見える石が鎮座しています。

毛利家の家紋は、一文字に三つ星(一文字三星)ですが、「一」と「〇」が刻ってあるのが見えます。

元和6年(1620)から始まった徳川家の大坂城再築の際、長州藩(藩主:毛利秀就)より運ばれた石材です。

この石は、大坂城には使用されず、神社石垣として400年間使われていたそうで、令和2年(2020)6月、新型コロナウィルスに伴う「梅薬師 道祖神」の石垣の組み替え中に発見されたもの。

この玉造は、石を置く場所でもあったそうです。

梅薬師 道祖神(どうそしん)

梅薬師 道祖神(どうそしん)

江戸時代、神社の北側隣接地に、疫病や災害除け、病気平癒や長寿を願う石薬師がり、そこは、それは見事な紅梅が咲き、梅薬師とも呼ばれたそうです。

令和2年(2020)春、新型コロナウイルスの終息と民の安全を願い、梅を植樹し、「梅薬師 道祖神」として祀ったそうです。

梅薬師 道祖神(どうそしん)の梅は咲いていました。濃いピンク

道祖神って日本のあちこちにあるけど、この神社の境内に新たに置いたことに納得してしまった。

やはり拝まずにはいられない。

綺麗なピンクの梅。これから何百年もまたこの地を見守っていく梅。すごいな。

豊臣秀頼公胞衣塚大明神

豊臣秀頼公胞衣塚大明神

ここに豊臣秀頼公と母・淀殿を結ぶ卵膜・胎盤などの胞衣が祀られています。

胎盤や卵膜ということですが、「子の悩み」や「夜泣き」にも霊験あらたかだそうです。

この写真のピンク色のひも(真田紐)に、願いを書き〝縁のひも掛け〟に結ぶと願いが叶うそうです。

子どもに関する何の悩みでも良いそうで、私もお祈りしてくれば良かったと後悔。

恋キツネ絵馬 かわいい

恋キツネ絵馬 かわいい

絵馬が可愛くてキツネの形しています。

恋キツネ絵馬 かわいい

こちら使い方があるそうで、【夫婦や恋人同士の場合】大きいキツネの背面に男性名、小さいキツネの背面に女性名を書き、夫婦円満や恋愛成就を願います。

もちろん、パートナー探しにも力を発揮するようです。

厳島神社

厳島神社

この厳島神社の御祭神は、市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)。

境内の池は白龍池(はくりゅういけ)と呼ばれ、雨乞いに霊験ありと伝えられている。

万慶稲荷神社と新山稲荷神社

万慶稲荷神社と新山稲荷神社

ここには、キツネが登場。

万慶稲荷神社

徳川時代の大坂城内各屋敷に祀られていた多くの稲荷神を神社境内に一社に集めた社。ご祭神は宇迦之御魂神(うがのみたまのおおかみ)。

新山稲荷神社

寛政11年、当時の大坂城代・松平輝和(まつだいらてるかず)候により祀られていた社。ご祭神は宇迦之御魂神(うがのみたまのおおかみ)

聖徳太子 偲び石

聖徳太子 偲び石

聖徳太子が、この地で「我に勝を与えるなら、これに枝葉を生ぜしめよ」と栗の白木を挿し、戦勝を祈願し勝利したそうです。その後に栗から枝葉が生じ、十一面観音像や多聞不動像を作り、観音堂を建立した。この偲び石は、唯一現存する観音堂の考古遺物となっている。

現在では聖徳太子を偲ぶと共に、栗の白木を偲び石前で挿し、勝利や合格を願う〝願い石〟となっているそう。

難波・玉造資料館

難波・玉造資料館
難波・玉造資料館
難波・玉造資料館

資料館は昭和61年(1986年)秋に開館。

資料館の主な展示内容は、①神社に伝わる古代玉遺物、②玉の歴史、我国と韓国との曲玉佩用例、③玉作り工程など

要予約のため、入館できず。また後日来たいと思います。

さいごに

大阪城はすごいなあ。夢があるなあ。そしてこの神社も面白かった。個人的には、折れてしまった鳥居が印象的でした。

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